イタリア自動車見聞録2002(5)
●旧フィアット工場 - リンゴット
フィアットを好きな方はご存じだと思いますが、昔、フィアットの車はリンゴットという有名な工場で作られていました。 何が有名だったかというと、その製造の進め方で、まず下の方の階で造り始められた車はらせん状のスロープを登りながら各階での工程を経ていき、最終的に完成すると、更にスロープを登って屋上にあるテストコースを走行する、というものです。 このフィアットの工場が建てられてからすでに90年近くたつのですが、それが現在ではレンゾ・ピアノ氏の設計により、会議場やホテル、ショッピングモール、見本市会場などからなる複合施設に生まれ変わっているのです。 レンゾ・ピアノ氏といえばフランスのポンピドーセンターや日本では関西空港の設計で有名な建築家です。 これらの施設は順次作られていっており、美術館とショッピングモールは最近完成したばかりです。
リンゴットの建物の形状は極端に細長い「ロ」の字型になっています。 長辺方向はなんと500mもあります。 つまり建物内を一周したら1kmあるということです。 建物に囲われた内側の空間は中庭のようになっています。 1Fの一部はホテルのフロント、2Fがショッピングモール、3F・4Fはホテルですが、各施設が平面的に配置されているだけではなくて、美術館などは2Fから屋上までを垂直方向に使う形がとられています。 そのため、各施設間の行き来に戸惑うような場面もあるのですが、ある意味それは交錯する空間構成の醍醐味ともいえるでしょう。 かつては工場だったことから、建物内の全ての施設の天井高がとても高く、また開口部(ガラス)の面積が大きいために、室内もたいへん開放的でした。
ホテル内には、エレベーターホールに始まりレストランや客室までにも、レンゾ・ピアノ氏が描いた数々のデッサンの拡大図が掛けられています。 それらと並んで1930年代に制作されたフィアットの未来派ポスターもあちこちに飾ってあるので、好きな人にはこたえられないでしょう。 全てのデッサンとポスターを見たいところですが、ホテルを含めた施設全体が大きすぎてとても無理でした。
2002年秋に開館したばかりの美術館では、開館記念展に相当するものが開かれていました。 展示室として、レンゾ・ピアノ氏がリンゴットの屋上の上にさらに積み上げる形で設計した「イル・スクリーニョ(宝石箱の意)」をメインにさらに階下へ続き、リンゴット内の3Fまでが使われていました。 展示室内は写真撮影厳禁だったので、画像をお見せできないのが残念です。
入場券と共にもらったパンフレットを見てまずびっくりしました。 「Pinacoteca Giovanni e Marella Agnelli」 つまり「ジョバンニ・アニエッリとマレッラの絵画館」という名称がついているのです。 2人が誰なのかは今更言うまでもありませんが、そこに展示されていたのは彼らが収集した作品なのです。 展示室には18世紀ヴェネツィアの風景画から20世紀半ばの近代絵画に至るまでの、珠玉のコレクションが並んでいました。 順路に沿って階下へ行くための階段(これがステップ以外は透明なので高所恐怖症の人はかなりつらいです)には、フィアットの昔のポスターが宙吊りのようにして展示されています。 下の階では、リンゴットの歴史がパネルや模型、映像を使って展示してありました。 こちらも質・量ともに見応えのあるものでした。 自動車博物館では展示室内に警備員らしき人が皆無なのに対して、この美術館では厳重な監視がありました。
2Fが美術館の書籍売り場となっており、様々な美術書が置いてあります。 自動車の本もちらほら。 同じく2Fにあるショッピングモールから美術館入場者以外でも、この書籍売り場には自由に入ることができます。
さて、今回リンゴットで絶対に行きたかったのは、昔テストコースに使われていたという屋上です。 屋上へ入ることは不可能だという話も聞いていたので、入れることが分かった時の嬉しさは格別でした。 誰かに頼んで鍵でも開けてもらうのかなと思っていたら、実は誰でも簡単に入ることができるようになっていてちょっと拍子抜けでした。 しかし、いよいよ屋上に上がって細長い建物の両端にあるバンクが実際に目にとびこんできた時には感激のあまり身震いしてしまいました。 それまで本の中の白黒写真やイラストでしか見たことがなかったあのバンクが眼前にそびえ立っているのですから。 先に書いたように直線部分は500mですから、1周約1kmのコースということになります。 ゆっくりと歩いてまわりました。
両端のバンクはかなりきつい傾斜で、最上部までよじ登ることはほとんど不可能だと思われます。 高いところが苦手な私は、3分の2くらいまで登るともうそこで動けなくなってしまい、下ることもままなりませんでした。 このコースを目の前にすると、フィアット好きなら誰もが車で走ってみたいと思うに違いありません。
建物上部に玉ねぎのように見える透明の球ですが、これもレンゾ・ピアノ氏が設計したもので、VIPの為の会議室だそうです。 全面ガラス張りですから、その見晴らしはさぞ素晴らしいことでしょう。 となりにはヘリポートがありました。 画像では分かりませんが、屋上からは山荘らしき屋敷などがある山々をバックにしたトリノの街並みやアルプスも見えます。 夕方には老齢のカップルなどが散策していて、とてもいい雰囲気でした。昔、工場内で自動車が上階へ上がっていくために使われていた螺旋状のスロープも見ることができました。 当然塗り直してあると思いますが、構造は当時そのままに残されており、特に柵なども置かれていないので、自由に歩くことが可能です。 もちろん現在では事実上何の利用価値もなく、ここを歩いている物好きも見かけませんでした。
このスロープのすぐ隣にシースルーのエレベーターがあり、「古くて重いデザイン」と「新しくて軽いデザイン」との対比が印象的でした。
●番外編 : トリノのイルミネーション
クリスマスが近いこともあって、トリノの中心部にはきれいなイルミネーションがあちこちにありました。 日本と違うのは、車が走る道路の上に電飾が張られていることです。 道路の両側にはライトアップされた古い建物が続き、そこを車で通りぬけると息をのむような美しさでした。